多くの weblog で採用されてしまっている「本文の冒頭」≒「要約」という仕様。これが現状のデファクトスタンダードであることは否めませんが、それは果たして本当の意味での要約となっているのでしょうか。本文と要約は分けて記述できるようになっている方が、より的確な要約を提供できると考えます。から。
要は日本語で良く有る文章スタイルと、blogツール開発者の英語文化圏にある文章スタイルに違いが有るので、機能を別の方法で応用してしまっているってことじゃないかなぁ。そしてその応用はアリなのか、それとも原理主義的に英語文化圏みたいなスタイルに文章を変えろってことなのか。
オレは「結論を最初に簡潔に書く」「全体の要約を頭に書いて、結論部分でも繰り返し書く」という構造的な文章をblogで書いているひとは非常に読みやすくて好きだ。読みやすい文を書く人は頭脳も素晴らしい人だと感じる。(本当にどうかは別として)
だけどオレの知る限りでは、そういう構造的な文章を書く訓練と言うのは義務教育ではされていないよね?(下手するとライターとか新聞記者みたいな専門家にならないと訓練されないのかもしれない)
説明するまでもなく良く有る日本語blogの文章スタイルは「随筆やコラム」形式だ。(もちろんそういうスタイルの文章もオレは大好きだ。それに、どっちが良くてどっちが悪いというものでも無いだろう)
ただ、随筆を要約して「今日、バイトに行った。ブワっーと居てきんもー☆」などと書いてもなぁ……不自然というか慣れていない新スタイルだという気はする。
つまり「全体の要約を最初に書いて、RSSのdescriptionに入れるのが本来の設計だし、そういうスタイルも読みやすいよ。みんなもやってみなよ」という話と「残念ながら随筆スタイルでは冒頭プレビューという応用に成ってしまっている。(まぁそれはそれで良いとオレは個人的に妥協するけど)」という話かな。
話の発端は「続きを読む」か「...」が無いと、descriptionで完結しているのかどうかが判別できないってことか:
それは単純にインターフェースの話だから「このRSSのitemは続きが有りますよ」という表示は有った方が良いのではないかと思う。
概要に文の先頭だけ入ってしまっているのは変で、応用によって意味が変わっているという意見も分からなくはないけど。それと「このRSSにはさらに情報が有るのかどうか?」を一目で判断する手段が無いと不便ってのは(関連しているけど)別の話な気がする。
初代Mac OSからつづく「...」は、Windowsも取り入れて「さらに続きがありますよ」という印だから、それを使うのは理にかなっているだろう。
概要に文の先頭だけ入ってしまっているのは変で、応用によって意味が変わっているという意見も分からなくはないけど。それと「このRSSにはさらに情報が有るのかどうか?」を一目で判断する手段が無いと不便ってのは(関連しているけど)別の話な気がする。
初代Mac OSからつづく「...」は、Windowsも取り入れて「さらに続きがありますよ」という印だから、それを使うのは理にかなっているだろう。



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