世間は独特の哲学を持つプロに嫌悪感を持ち,肌触りのよいアマチュアに好意を持つ。
Theo de Raadtが
世間から嫌われた_
り、djbがその独特の哲学から論議を巻き起こしたり。
「人当たりのよさ」や「イメージ」や「優しい丁寧な口調」で人間が判断する以上、この問題は何千年も続いているわけだが。
「丁寧な口調」であるかどうかで、信頼するべきかどうかを判断してはいけない。なぜならよく出来た詐欺・悪徳商法や悪意を持った人は、考えうる限り最高に丁寧な口調を使っているからだ。人間が第一印象だけで大半の判断をしていることを悪用しているのだ。
……と、わざわざ釘を刺さなければならないほど、これは本能に反している。
本能にそった設計はそれだけですばらしい。しかし、本能にそった行動を取りやすい事を悪用することも可能だ。
情報の流通コストが限りなくタダに近くなって。オープン思想が広まっていくと。逆に悪用しないように、プロにしかわからないようにクローズにしなければならなくなる。
Macでプログラムをするときに、ファイルを指し示すのに
構造が公開されているFSSpecから、構造が秘密になったFSRefに_
やり方を変えていく流れになった。
Appleはオープンソースに歩み寄ったのに、非公開APIなの? と、ふと思ってしまうが。理由はちゃんとしている。
今までのFSSpecでは、ファイル名などの構造が決めうちされていて。ソフトによっては、インターフェースを迂回して直接その構造体の一部にアクセスしたりしている。何も変化が無いときは問題ないが、もしAppleが将来ファイル名を32byteから大きくしようとしたら、こういうソフトは動作不良を起こしてしまう。構造体の仕組みが変わらない事を前提にしているからだ。
だからインターフェースだけ使ってね、もしファイルシステムとかが変わってもFSRef APIで吸収するから、ソフトの互換性は問題ないですよ。ということにした。
*2
もちろんFSRefをハックすれば、どういう仕組みなのかはわかるだろうけど。そこまで実力のあるプロならば、その制作意図も理解するだろうから、問題の有るようなソフトは書かないだろう。
情報が広まり過ぎると、逆に分かりにくくして迷彩する必要が出てくる。そしてその難しい概念を理解するような実力のある人間は、その実力がゆえに悪用してまで生活する必要は無いだろう。という見込み。
これをオレは「オライリールール」と呼んでいる。
[ コメントする ]