個人的に感じるところを。
たとえば「プログラミング技術的にたいした事が無いけど、イメージがかっこいいしグラフィックデザインもイカしている」みたいなソフトウェアを「モテている」と考えた場合。
これは重要な事ですよ。
Mac OS Xで話題になった
Konfabulator_
なんてのがありますけど。
これなんてプログラマから言わせると「ただ単にXMLとJavaScriptのインタプリタなのに、どうしてシェアウェアで$25も取るんだ? MozillaのXULと何が違うの?」って感じになります。
なんだかんだ言って、専門家とか評論家でもない限り、人間が判断するのは海馬とかの「好感が持てるか or 持てないか」ですから。
言っている内容はまともだが朴訥で分かりにくい技術者よりも、内容はおかしいが口調や態度が好ましい詐欺師のほうを、より信用してしまう人が多いのも。その原理を悪用している訳で。
(このへんが、素晴らしいハッカーには人当たりの良い対外プロモート役が必要だ。という現象につながっている。OpenBSDのTheo君やdjbが誤解されやすい現象)
マスコミやデビアスや花屋や広告代理店が仕掛けている「恋愛至上主義」なんて意味ないよ。無駄にモテなくてもいいんだよ。ってのは、その意味に限れば正しいのですが。
農耕文化やら社会性が発展する以前から、人類をはじめとする動物には「モテたい」という行動原理が組み込まれている訳で。
すべての「モテたい」はウソだ!! 意味無いから止め。ってのは無いと思う。
しかし有史以来の文明は「モテたい・ドリブン」による繁栄を繰り返してきた訳だから。このモテ・リテラシーの確立が生きていく上での重要な鍵なのではないかと。
2003年05月05日(月) [長年日記]
Permalink: http://www.otsune.com/diary/2003/05/05/5.html#200305055
trackback

View blog reactions
Last Updated 2003-05-05 00:00:00 By
trackback
Last Updated 2003-05-05 00:00:00 By



コメントを読む(2) [ コメントする ]