フリーUNIX使いからすると、物理HDDが/Volumesというディレクトリ以下にマウントされるというMac OS Xの設計は、あまりにも違和感を感じるのだが。
増井氏が提唱する「抽象的な概念は無くした方が分かりやすい」という説からすると、理にかなっているのかもしれない。
MaxtorのOne Touchシリーズが、物理的な押しボタンを筐体に付けていることで「バックアップしますよ」という作業を抽象的では無い「具体的な行動」として結び付けることが出来ている。
もちろんEPSONなどのスキャナーについている「スキャンボタン」というのも、同様のコンセプトだ。
単機能に特化した物理ボタンを付けるのはかなり有効。
話を戻すと。
Mac OS Xの設計で感じることは。「パソコンにHDDが付いている」という概念を「内蔵HDDは一台だけ」と単純化することによって、抽象的では無くなるように仕向けている気がする。
スワップですらパーテーションを分けないし。システムと/varを分けることもしない。
未来になったら、HDDなんて概念も出来るだけなくして「Xserve RAIDや.macみたいな所にデータは収納されています」って言う風に単純化して。
「物理的には同じHDDだけど/Volumesでは別に見える」って事と「物理的に違うRAIDなんだけど、/Volumesとか/User以下は同じに見える」ってのを両立して透過的に扱ったりする。
ネットワーク帯域と力技で、ちまちまamd.confやらrsyncからcvsやらで同期していた旧世代を追い越すってつもりか。
2004年04月15日(木) [長年日記]
「壁にくっきり爪傷が。それすら誉める渡辺篤」
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