逆に、命令の意味と目的を伝えて、解釈させて各々が勝手に動く。
というのはオープンソース的な文化だ。
作戦行動中に、お互いに細かく連絡の取り合いが出来ない場合。
後者のように「目的」だけを伝えて、あとは実際の動きは艦長に任せるというのが効率的だ。
今の計算機社会だと、命令の意味を解釈しないでただひたすら従うのはパソコンの役割だ。(産業用ロボットがそうなる時代もいずれ来るだろう)
つまり業務に関する会話を、ロボ扱いとして聞いているのか艦長として聞いているのかでプロトコルが違ってくるわけか。
皆がきっちりと系統だって淡々と分担作業をするよりも。
曖昧な集まりで、単純な「最終目的」だけが共通した作業をして、かつ統制が取れているように見える。
というのが今時の文化か。
アリの隊列は指揮官が居るわけではないけど。各々のアリが単純なルールで動いているだけで統制が取れているように見えるみたいな感じ。
アニメを作るときに、監督が最終的な「解釈」をするというルールがあるようだ。
たまに作画監督が「このカットのこんな絵の描きかたはダサいと思う」という各論で反対したりするが。
監督が「そのカットはわざとダサく描いてもらうことで意味があるから」という風に説明したりする。
仕事の出来る作画さんなら「ああ、そういうことなら従います」とルールがどうして存在するのかわかって行動するが。
それがわからない人は「えー、ダサいものはダサいよ。わかんねぇ」と文句を言ったりするとか。



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