どうもニート問題もマスターズ世代問題も、根本的なところで「自分は社会にとって必要だ」と思えるかどうかが鍵みたいな気がする。
定年後に田舎に行って、小規模な軽農業に従事したり。
商業的ではない無農薬高コストな牧場をやり始めたりする人が増えすぎて、市場価値が急落するとかって問題が出たりすんのかな。
「せっかく手間ひまをかけて味の濃い無農薬野菜を育てたけど、似たようなことをする老夫婦が田舎にたくさん居るから売れない……。私たちのやっていることは社会の役に立っているのだろうか?」
と悩んでしまう人とか。
あと都会でサラリーマンとして暮らしていたから、ものすごい勢いで地域のシステムを改善しようとして。
そこに昔から住んでいる人たちにありがた迷惑がられるとか。
[中越地震]都会者とニートの手助けは要らない_
田舎で商業ベースに乗らない高コストな農業をのんびりやれるのは、国にそういう人たちを飼う余裕があるから出来るということなんだ。と気がついてしまって、悩むとか。
(そういう意味で、昔のコメ輸入問題の時にコメ農業族議員が新聞広告に出した「稲の水田は地面の地水力を保持します。国内の稲作農業を守ることで、全国的に水害を防いでいます(だからコメ輸入自由化反対。農家を苦しめるな)」という詭弁はうまいなぁと思った。確かに一理あるしね)
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