でも小山田圭吾がcreative commonsで音楽CDを出すという出来事によって、微妙に文化が変わる可能性がありそうな気配。
まず大前提として。
オープンソース文化というのは、非常に限られたところでしか流行っていないと思う。
そして、フリーライダーがいてムカツクというのも変わっていない。
オープンソース界隈だと「フリーライダーでもユーザーさんだし。勝手に自分のプログラムを宣伝してくれている」という解釈みたいな感じで。
他人のソースを見て実装方法をフリーライドしても。そこから先のアルゴリズムだとかアイデアで勝負する段階にきているって分析をふと思いついたのだけど。←かなり的外れかもしれぬ。
yugopさんは、すでにトップの評判を得ているからオープンソースにする意義が薄い:
オープンソースにするってのは「評判」だとか「宣伝」だとかの意味合いも強い。
そして「俺の実装流儀にみんなもついて来い」って意味も。
すでに実績があってみんなが追いかけている人は、オープンにする意義が薄いという心理がありそげ。
そして「俺の実装流儀にみんなもついて来い」って意味も。
すでに実績があってみんなが追いかけている人は、オープンにする意義が薄いという心理がありそげ。



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