民族差とか年齢差とか男女差よりも個人差のほうがはるかに大きい。という現実から目をそらすのはなんでなんだろう。
個人差があることを認めたくなくて「私が社会から虐げられているのは、男(or 女)だと差別されているからだ」などと言いたい要素が有る人も中には居るんじゃないだろうか。
男同士の社会でも「個人差」ってのは大きいし、それは女同士でも一緒だと思う。
もちろん性差による理不尽な差別や区別ってのは現実にある。俺はそんなものは文系的でくだらないと思うから、殺伐と客観的に「女だから○○なんだじゃなくて、ただ単にその人が○○なだけじゃないですか?」と男同士で安心しているところにツッコミを入れたくなったりする。もちろん理不尽な差別行為にツッコミをいれて「そんなのは科学的ではないよ」と理解を促す活動は重要だと同意もする。
(ちなみに「文系的」ってのは文系理系の分類とは無関係な概念)
2005年06月10日(金) [長年日記]
[neta] ちゅーか「ジェンダーフリー」の前に、まず「人間」であるということが前提に無いと変だよね
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