ネタについて

Masafumi Otsune

まず、イイワケから書く。 本来、この文章は四年前に書かれるべきものだった。 四年ほど前から、私は――たぶん脳内からだと思うんだけれど――この文章を書くようにうながされていた。 何度も何度もこのテーマを思い出させられ、 文章の順序、構成を夢想させられてきた。 文章をエディタで入力する前は、私は文章の全貌がどうなるかさっぱりわからなかった。 でも、さまざまな都合により、入力する時間がとれず、 ついつい先延ばしになってきたのだ。 きっと誰か――私の知らない誰か――に向けてこの文章は書かれているのだと思う。 この文章はネタについて書かれていて、 例によって、どうでもよくて中二病風の文章です。 けれども私は、この文章を特定の人に向けて書いているわけではない。 この文章を読んで「otsuneさんは私にあてこすりをしているのだ」と思わないでください。 私はこの文章をただネタとして書いている。 というか、脳内から書かされているのであって、 誰を題材にしているわけでもない。 あなたがもし、以下の文章を読んで不愉快に感じたらおめでとう。 あなたがもし、あなたのそばのネタ使いのことを思い出したら、 その人のために心から笑ってください。 以上、長いイイワケ、おしまい。

ネタについて

ネタを言う人がいる。 年に1回ではなく、1日に1、2回は必ずネタを言う人がいる。 その人はきっと、もともと賢い人だ。 ネタというのはハッキリ言うと毒が有ることを上手く包んだ表現だ。 賢くなければネタは言えない。 複雑な表現を操る技術が必要だからだ。

そして、ネタを言ってばかりいるのは、そのすばらしい「賢さ」を 幸せな目的のために使っている。 それはとてもよいことだ。

「上手く包んだ」について説明する。 「うまいですね」と相手をほめるとしよう。 文章そのものは、相手をほめている。 しかし、この文を声に出すときの微妙なイントネーションや間合いによって、 これをネタにすることができる。 言葉では「うまいですね」と言っているのに、 相手はまったくほめられた感じがせず、 むしろ「へただなあ」とツッコミされたかのように感じさせることができる。 それが包んだの意味。2つの意味(ほめること、ツッコミすること)を 1つの言葉に乗せているのだ。

ネタは人間同士のコミュニケーションを深いところから育む。 ネタ使いは、ネタを繰り返す。 さまざまな場面は変われども、言う相手は変われども、 ネタ使いは、何度もネタを言う。 あるときはけっこうきつい印象をあたえ、あるときはちょっとしたからかいのムードで。 何度も何度もネタを言う。 ネタを積み重ね、二重の意味を持つ言葉を操る。

ネタに反論するのは難しい。 「そんなこと言わないでください」とマジ反応をすると、 「え、わたしはあなたのことを『うまいですね』とほめているんですよ(せっかくツッコミいれてるんだから笑いにもってけよ)」とうそぶく。 ネタ使いは、二重の意味の片方を取り上げて、するりと場を和ませる。 ネタ使いは、その芸当に快感を感じると共に、二重の意味の中に良い雰囲気を作っている。 ネタ使いは、上手くて孤独だ。 賢いけれど、上手くて孤独。 毎日、何度もネタを言わずにはおられないネタ使い。

巧みに表現を操って、自虐ネタで場を良くしようとするネタ使いもいれば、 そんな意図はまったくなく、単に天然ボケツッコミになっているネタ使いもいる。 どちらの場合でも、たいへんよろしい。 ネタ使い本人にとって、よろしい。

ある日、ある時。 いつもはひょうひょうとしているネタ使いも、寂しさを自覚する時が来る。 あるいはまた、しみじみとした思いを抱いて他の人と素直なマジ反応をかわしたくなる時が来る。 切実な思いをもって、何かを訴えたくなる時が来る。

そのとき。 それまで積み重ねてきたネタ言葉が、ネタ使いを助ける。

ネタ使いが、真面目に自分の真情を語っても、他の人は「紳介が鈴鹿8耐で泣くのは寒いよね。やっぱり笑いを取らなきゃ」とそれを割り引いて聞くだろう。 心から人を蔑みたいと思って言っているのに、他の人は、バカにされたとは感じないだろう。 他の人は、ネタ使いの言葉から、裏のツッコミを読み取ろうとするだろう。 だって、これまでもずっとそういう言葉を聞かされてきたのだから。 長年積み重ねてきたネタ言葉、 二重の意味を持つ言い回しの積み重ねが生んだすばらしい状況。

だから、ネタをやろう。 ネタを言うのをどんどんやろう。 善意を持ってマジ反応するのはもちろんのこと、 大きなお世話でマジ説教する癖を何とかして改めよう。

意識し始めてからやるまでには、 きっと想像以上に長い時間がかかるだろう。 それだけマジ反応はあなたを蝕んでいたのだ。 マジ反応があなたの舌にはりついていたのだ。 自分が言葉を操っていたと思っていたのに、 実は言葉があなたを操っていたのだ。

ネタを使って他の人を和ませる必要は沢山有る。 あなたがネタ使いだということは、誰にだってすぐわかる。 自己の存在を誇示する必要なんかない。 あなたは、自虐が出来るネタ使いだから。 他人にマジ反応・マジ説教して場を寒くする必要なんかない。 あなたは、素晴らしい存在なのだから。

あなたの「賢さ」を、 もっと意味のあるところに使おう。

もし二重の意味の表現を操るアクロバットを楽しみたいのなら、 「狭い知識」と「笑い」を同時に相手に伝えるような方向に努力をしよう。 少ないネタだけでも相手を本当の意味で喜ばせ、励まし、力づけ、なぐさめる。 そんなネタを生み出せるように知恵を使おう (もし無神論者なら、故・横山やすしにそのことを祈ろう)。

いまが、そのチャンスだ。

あなたが「マジ反応の罠」から逃れ出ることを祈っています。

(2005年9月18日の脳内から)